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リエ

リエ

門番ですよ、決してジャマしてるわけじゃありませんよっ!

カリグラフィーを始めて7年。最初の数年はともかく、最近では何だかまともに自分の書きたいものが書けてない気がする。そして日々の練習もすっかり怠け気味。これは決してカリグラフィーに飽きたとかそういうことではなく、指導者という立場に身を置いたが故に自分の時間のウェイトがそっちの方に多くなってきたということだと思う。『次のレッスンではこんなことをやってみようかな』とか『あ、アレ、教室課題として使えるっ!』とか そういう目線でしかいろんなものを見ることができず、『こういうのが書きたい』と思うものは制作にかかる時間を試算すると二の次、三の次になる現状。まぁ、度量不足が招いている状況というのは云う迄もないことなんだけど。

それでもね、ちょっと夢見てることがある。

それは本部のカリキュラムに頼らない独自のカリグラフィーの楽しみ方を織り込んだオリジナルな教室運営。たとえば、1クルーで教えるのは【Thank You】という文字だけだけど、書体もいろいろ、金属ニブもあれば、マーカーもある、竹だってOK!そして使うアイテムはスタンプだったり平筆だったり、ペーパーじゃなくて陶器だったり、そんないろんなスタイルで【ありがとう】を伝えるというカリキュラム。時には【Happy Birthday】だったり【Congratulation】だったり。西洋書道というジャンルである以上、芸術的な美しい作品を書く事もできるし、本当に奥が深い世界なのでつきつめるととことんどこまでも…になるけれど、もっと普遍的に楽しむことができたらそれが一番なんじゃないかなって思うから。所属とか立場とか、いろんな意味で垣根を越えた教室ができたら最高!

そしてもうひとつ。

以前トールペインティングを自己流ながら教えていた頃、聴覚障害者の1DAYレッスンをしたことがある。これは当時手話を習っていて、そこの聴覚障害者協会の事務局長さんと懇意にさせていただき、協会のカルチャーの一環として体験教室を打診され実現したもの。わずか2時間ではあったが手話と筆記を交えながらの講座は本当に私がやりたいものだったと思う。私ができる手話と言ったら「こんにちはー!」とか「上手!」とかごくわずかだったけど(苦笑) カリグラフィーの指導者になってずっとまたこういう機会があれば…と思っている。『【音】ではなく【文字】を使って、言葉を紡ぎ、心を伝える』、これもまたカリグラフィーというジャンルが出来る素晴らしい事ではないだろうか。

『夢は見るものではなく、叶えるもの』という強い言葉に背中を押されて、ここで語ってみた。思い描けるものは実現できるそうだから…。その一歩を踏み出すのは自分の勇気なんだろうね。小心者で人見知りの私、ガンバレ!(ココ、各方面ツッコミ不可!)





画像はぐぅさんの最近お気に入りの場所。ここねー、私の部屋のドア前なんだよね。『ソコでくつろがれると、私は入れないんですけどーぉ?』って声かけても、耳をぴくんとさせるだけでテコでも動きません。急に耳の遠い老犬になるね、君…
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最終更新日-0001-11-30
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Comments 2

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茉っぽし  

カリグラフィって西洋書道と言われるだけあって日本のそれと同じで「美」とか「心」とかが感じられるものなんでしょうね。日本の書道界、昨今はかなり変わって来て、古典の基礎を踏まえずして近代詩文など書くべからずなんて言われたもんですが、今は自由に固定観念にとらわれず‥とか言われ出してますよね。中にはどん引きする作品があって情けないのもありますが。でも正直、古典重視の御大方の書、読むのにひと苦労するんですよね。カリグラフィも結構‥と言うか、英語もろくに操れない私にはかなり読み辛いし理解出来ないので、美は充分感じても心までは(ごめんなさい;_;)日本人でありながらも日本の書に対してさえ、大方の人にはそんなもんじゃないかしら?切り絵アーティストの蒼山日菜が、カリグラフィらしき文字をよく切り絵にしていますよね。とても美しく繊細な作品で感心するんですが読む気にはなれないですもんね(読むための作品ではないので当たり前ですが)でも彼女の作品の中に(ご存知かとは思いますが)「芭蕉の俳句」をローマ字に換えてカリグラフィっぽく切り絵にし、アクリル板に仕上げた作品は、発想の面白さと「美」に読めるが付いてきて、芭蕉がここにいる‥と感心しました。発想の位置付けって大切ですよね。夢ではなく目標として頑張って下さい

2009/10/04 (Sun) 17:11 | EDIT | REPLY |   
リエ  
◆茉っぽし さん

蒼山さん!彼女のあの繊細で優雅な才能には圧倒されますね。装飾文字を切り絵にされているのには感動です。書くのも大変なのにハサミでカットなんて!!!

書道って本当に難しいと思います、日本のも西洋のも。私自身、詩をただ美しい文字で書くだけというのには非常に抵抗があり、どうしてもどこか自分の主観を織り込んだ作品にしたいと思うんですよね。しかし必ず『美しい文字で読めること』を大前提に。 そうするとね、思いと思惑と技量とのバランスが全く取れないんです。なんだろう、思いが強過ぎて技量がついていけないとかいろいろ要因はあるんでしょうけど。そしてジレンマに陥るわけです。

まぁこれは大作を手掛ける時に感じることであって、季節のカードとか、謝意とかそういうものにはどんどんとイメージがふくらんで来ていろいろ書けちゃうんですよ。つまりはそっちに向いているということなんでしょうね。

夢ではなく目標に…そうですね、その方がもっと頑張れそう!

2009/10/06 (Tue) 00:12 | EDIT | REPLY |   

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